
京都・宇治。
その名を聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、深く芳しい抹茶の香りであろう。平安の昔より、都人に愛されてきたこの地には、千年の時を超えてなお、人々を惹きつけてやまない「茶の文化」が静かに息づいている。
そんな宇治の中心地に、ひときわ風格を湛えた佇まいの店がある。
中村藤吉本店――創業は安政元年(1854年)。170年近い歴史を誇る、茶商の名門である。
暖簾に染め抜かれた「○に十」の意匠。
これは、同店の屋号である「まると」を表す紋であり、以来変わらぬ品質と誠実さの象徴として大切に守られてきた。
その「まると」の名を冠したデザートが、**宇治本店でのみ提供される「まるとパフェ[抹茶]」**だ。
本稿では、その美しき一椀に込められた世界をご案内したい。
器の中の宇治を味わう

まるとパフェは、他に類を見ないほどの完成度を誇る抹茶デザートである。見た目はあくまで静謐。
渋みを帯びた深緑の器の表面には、細やかにふりかけられた宇治抹茶の粉。そしてその上には、白く浮かび上がる**「○に十」**の紋。まるで茶庭の枯山水のように、余白と線の美を静かに湛えている。
だが、真に驚かされるのはその「中身」だ。
スプーンを入れるたびに現れる層の奥深さに、誰もが思わず息をのむ。
- 特製ホイップクリームのなめらかさ。
- 抹茶シフォンの軽やかな口どけ。
- 濃厚な抹茶アイスが放つ深い香り。
- アクセントとして忍ばせたレモンジャムが、甘味の中に爽やかな陰影をつける。
さらに、白玉、寒天ゼリー、丹波大納言小豆、ベリー類などの素材が、甘味と食感に奥行きを加えていく。
それはまるで、宇治という町そのもののように、重層的で繊細、そして静かなる個性を放っている。
なぜ“まると”なのか?

このパフェが“まるとパフェ”と名付けられたのは、単に屋号にちなんだネーミングというだけではない。
「○に十」という紋は、中村家が代々守ってきた誠実な茶づくりへの矜持を表す印。そこには、自然と向き合い、季節を感じ、ひとつひとつの素材と丁寧に向き合う、茶商としての哲学が宿っている。
まるとパフェとは、その精神を現代の感性で可視化した「一碗の芸術」なのだ。
老舗がもたらす、五感のもてなし

中村藤吉本店の空間は、ただ甘味を提供するだけの場ではない。
町家を活かした落ち着いた店構え、控えめな照明、そしてガラス越しに差し込む柔らかな光が、訪れる人の心を静かにほどいていく。
店内には、茶葉や器の販売スペースも併設されており、お土産や贈答品を選ぶ楽しみもある。
ふと見上げれば、軒先に風鈴が揺れ、澄んだ音を奏でている。
その音色までもが、この店の一部であり、**“お茶を五感で味わう”**という体験の延長線上にあるのだ。
宇治の街を、歩くように味わう

まるとパフェを食したあとは、ぜひ宇治の町をそぞろ歩いてみてほしい。
店を出てすぐの場所には、宇治川がゆったりと流れ、川辺には紫式部の石像が静かに佇む。
平安時代、源氏物語の最後の舞台となった宇治十帖。まるとパフェに込められた奥行きと余韻が、この文学的風景と美しく重なっていく。
青空の下、宇治橋を渡る風が心地よい。
川沿いの遊歩道には、老舗の茶舗や和菓子店が軒を連ね、抹茶を中心とした文化がこの地に根づいていることを改めて実感させてくれる。
“一碗の贅沢”がもたらす旅の記憶

旅とは、見知らぬ土地の空気に身を委ね、自らの感性を解き放つ営みである。
だが、本当に記憶に残る旅とは、味覚・視覚・聴覚・触覚・嗅覚――すべてを刺激する体験に他ならない。
中村藤吉本店の「まるとパフェ[抹茶]」は、まさにその象徴である。
見て美しく、香り高く、味に深みがあり、手に取る器には歴史が息づく。
そしてそのすべてが、宇治という土地の風土と重なり合って、ひとつの“体験”となる。
終わりに――静かなる贅沢を求めて
もしあなたが、日常の喧騒から一歩離れ、真に豊かな時間を過ごしたいと願うならば――
宇治を訪れ、中村藤吉本店の「まるとパフェ[抹茶]」を味わってみてほしい。
それは単なるデザートではない。
心を整え、時を味わい、五感がほどけていくような、静かなる贅沢そのものである。
住所 | 〒611-0021 京都府宇治市宇治壱番十番地 |
---|---|
電話番号 | 0774-22-7800 |
営業時間 | 銘茶売場 10:00〜17:30 カフェ 10:00〜17:30(LO16:30) |